上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top ▲
川崎JBC1

身近にあり、物理的にも心理的にも距離の近い地方競馬は、「日常」に楽しむ娯楽なのだと考えます。地方の競馬場に行くと「日常」の空気感の中、飾らない気分で競馬を楽しむことが出来る、僕は多分ですが、その空気感が心地よくて、地方の競馬場に足繁く通っているのです。

生きていく中での主な立ち位置は、競馬のような趣味においても、やはり「日常」の中。でも、普段はそこが心地よくても、たまには「非日常」を味わってみたくなるのもまた自然な人情なのではないでしょうか。 たまに味わう「非日常」に刺激を受けて「日常」の良さを再認識したり、「非日常」を味わったことで新鮮な気持ちを思い出して再び「日常」を楽しめるようになる事を、生きていく中で、いつの間にか知ってしまったからです。

川崎2


JBCは、地方競馬好きの僕にとって「非日常」の最たるもの、受ける刺激は他のダートグレードレースの比ではありません。そう、JBCデーは、「特別感」が違います。ファンも大勢押しかけますし、騎手や厩務員、関係者の皆さんも非常に力が入っているのをビシビシ感じます。力の入った想いは伝播するもの、そんな中に身をおくと僕も心地よい祭典感に浸りながら、いつも以上に力の入った気持ちで観戦出来るのです。


川崎3

今から2年前、2006年の川崎JBCが行なわれた2日間も、そんな「非日常」で「特別感」溢れる祭典日でありました。  莫大な賞金を誇るビッグタイトル「JBC」、とは言っても川崎の2006年の時点でまだ第6回という歴史の浅いレースです。伝統の重み、歴史の深さと言う大レースの「特別感」を彩るとても重要な要素をJBCは未だ欠いています。 

しかし、この2006年は、それを補うように、JBCデーまでの残り日数をカウントダウンしながら、全国の地方各競馬場をJBCのトロフィーとともに周り、各々の競馬場で冠レースを行なう、JBCカウントダウントロフィーツアーと言う企画が行なわれました。 これにより、各競馬場を巡る度に減っていく残り日数がクローズアップされ、近づく祭典に向け盛り上がっていく気持ちをさらに刺激してくれるとともに、前例の無い企画を行なったという要素で「JBC」の「特別感」を演出していました。(写真は盛岡JBCカウントダウン45)


川崎4

JBCが直前に近づいた10月、大井競馬場で行なわれたJBCカウントダウン15では、開催場川崎のベテラン、金子騎手が勝ち、クールな金子騎手をして、是非JBCを成功させたいと賞典台で語っておられた事を記憶しています。本番近づくレース4日前には、都内渋谷のプラザエクウスで現役のトップジョッキー、今野騎手と町田騎手を招いたイベントまで行なわれました。現役の騎手がこうしたイベントを行うのは異例とその時の僕は受け止め、川崎競馬一丸となってこのJBCを成功させようと言う想いがさらに伝わってくるに至り、ファンの僕にとっても川崎JBCの「特別感」は、強烈に確固たるものになった感がありました。

川崎5

そして僕は、競馬仲間とともに、「特別」なJBCデーをより楽しむために、何かやろうという想いにかられました。2日間に分けて行なわれた川崎JBCの1日目、JBCスプリントの日の競馬終了後に行なったミニイベント、「JBCナイト検討会」が、その想いを結実させた形です。  場所は川崎の小さなスポーツバー。

ここをこの夜借り切って、翌日のJBCクラシックの検討を行ない、競馬好き同士の交流の機会を作り、僕も多くの方と競馬談義が出来ればなぁという企画でした。 「「交流」重賞は人同士の「交流」の場でもある」とよく言われます。それは僕らファンも同じ。交流重賞の日は色々な地区から遠征してきた各地のファンの方々と「交流」するのが大きな楽しみです。

地方競馬の祭典であり最大級の交流重賞であるJBCはファン同士の「交流」と言う意味でも最大級のイベント。そんなJBCの要素をさらに楽しむべく、いわゆるオフ会を、ちょっと緩くした感じの場を作りたかったのです。  

競馬を通じて知り合った仲間達と色々な企画を考え、手作りの予想紙を作り、僕にいたっては、まるで未経験な司会の練習までする…、まさにJBCの「特別感」に煽られたテンションで、とても楽しい準備の日々を重ねました。 

そして当日、結果、急な企画ではあったにもかかわらず、ほぼ満席にまでお集まり頂き、白熱した予想議論や楽しい競馬談義をする場とすることが出来ました。正直、閑散を覚悟していたのですが、JBCという祭典の日において、こうしたミニイベントの需要は、あったと言うことなのでしょう。参加した皆さんにも、好評の感想を頂き、なんとも嬉しかったことが胸に暖かい想い出として残っています。  

「非日常」「特別感」そして「交流」。これが僕にとってのJBC、そして、それを精一杯味わうために出来る限りのことをしたのが、2006年川崎のJBCでした。

でも、僕が行なった事がJBCを楽しむための答えでは無いとは理解しています。この三つの要素、それを目一杯味わうための方法は、人によって千差万別だし、色々な方法があると思います。

地方競馬ではJBCデーに極大となるこの三つの要素を、是非、それぞれが一番楽しめそうなやりかたを見つけ、アクティブにJBCを楽しんでみるというのはいかがでしょうか?

今年も、JBC関連、参加して楽しそうなイベントが各地行なわれています。  最後に、自分語りばかりではなく、少しはレースの話も…。  

川崎のレコードタイムを見ていると、1500と1600で、それぞれアスターバジルとロードライジング、2頭が同じ日に達成しています。それが2006年05月17日でした。この開催が、超スピード馬場。しかし川崎コースはその後1センチも砂厚が厚くなるほど砂を入れ、時計も非常にかかるようになり、このJBCを迎えました。

つまり、JBCクラシックと同距離だった、同じ年の川崎記念とは馬場状況がまるで違ってしまったのです。 JBCクラシックは、3着に7番人気の当時南関東所属のボンネビルレコードが入り三連単4万を越える馬券になりましたが、馬券勝負の分かれ目になったのは、この馬場を正確に理解していたか否かだったのではと思います。 

当時、ボンネビルレコードは、ステイヤー気質のスタミナ馬だと言う評価、僕も同意見でした。もちろん、人馬一体となった好仕上げ好騎乗があったのは間違いないですが、多少は馬場の助けと言う要素もあったのではないかと思っています。これを教訓に、園田の昨今のレースを当日までにしっかり勉強しなければと思っている今日この頃です。 

さて、そのボンネビルレコードが、JRAに移籍し、なんと船橋の日本テレビ盃で脅威のレコードタイムを出すほどスピードも兼ね備えた馬となったのは、正直予想外で驚きでした。果たして、園田では?いや、予想はもう少し事前分析を楽しんでからにしましょう。

南部杯の時に好評だった、@TRACSさんのデータ分析も掲載されているので参考にしながら。

一度だけ、楠賞全日本アラブ優駿で味わう事の出来た、園田の「非日常」と「特別感」。あれがもう一度味わえるのは僕にとって至福です。当時とは時代や競馬を取り巻く状況が大きく変わり、今では「持ち回り」の大レースだからこそ味わえる至福なのかもしれないなぁ、なんて思いつつ、指折り数えて、その日を待っている今日この頃です。



landsliderさんのBLOGはこちら・・・「地方競馬に行こう!
2008.10.29 Wed l JBCリレーコラム TB(0) l top ▲
同一重賞三連覇といえば金鯱賞でのタップダンスシチーや最近ではエリモハリアーが函館記念で、昔にさかのぼってみると鳴尾記念でセカイオーが成し遂げていますが同一GⅠ三連覇となると先日の南部杯で達成したブルーコンコルドと天皇賞を春、秋、春で3連覇したテイエムオペラオーぐらいしか思いつきません。

普通に考えてみても3年間続けてGⅠを勝つことは至難の業。あのディープインパクトやシンボリルドルフでさえ2年連続止まりでした。それほど難しい同一GⅠ三連覇を毎年競馬場の異なるJBCクラシックで達成したのがアドマイヤドンでした。

母に93年桜花賞、オークスの牝馬二冠馬のベガ、兄に99年日本ダービー馬アドマイヤベガというまさに超良血という血統背景で生まれたのがアドマイヤドンでした。

前出のアドマイヤベガと2つ上の兄アドマイヤボスとは違い父はサンデーサイレンスではなくティンバーカントリーでした。この血統がのちの競走人生に影響を与えることになります。さらに馬主は2頭の兄と同じ近藤利一氏でしたが、調教師は橋田満調教師ではなく松田博資調教師でした。


2歳時は朝日杯FSを制し、JRA賞最優秀2歳牡馬に輝いたアドマイヤドンでしたがクラシック戦線では複勝圏にも入れませんでした。

そこで陣営はデビュー戦で圧勝したダート界へ進むことに決めます。それがこの馬の競走人生を大きく変えることに。菊花賞から中1週で臨んだ第2回JBCクラシック(盛岡)で圧倒的なパフォーマンスを見せます。

相手にはダート界の女傑プリエミネンスや帝王賞馬のカネツフルーヴがいましたが2番人気に推され、結果レースでも2着に7馬身差をつけたのです。同期のゴールドアリュールに続く砂の新怪物として名を轟かせるきっかけのレースになりました。
ADON1


その後ジャパンCダート3着、フェブラリーS11着とJRAのGⅠでは勝利できずにいた4歳のアドマイヤドンですが、再び盛岡で輝きます。前走のエルムSで9馬身差の復活勝利をあげて臨んだ南部杯で3つめのGⅠタイトルを奪取します。その勢いのまま第3回JBCクラシック(大井)で連覇を果たします。

この時にはアドマイヤドンの前に立ちふさがってきたゴールドアリュールは喘鳴症で引退していたためアドマイヤドンがダート界の帝王となります。この連覇はただの連覇ではないでしょう。まず場所が異なるのです。前年は盛岡で当年は大井です。距離は2000㍍で同じですが回りが違います。

また、大井のダートは中央のダートとは違って異質だと言う関係者も少なくありません。初めての条件だと力を発揮できないことがしばしば見られる中、それらの全てを克服しての連覇には価値があるのではないでしょうか。

そして第4回JBCクラシック(大井)は歴史に残る一戦となります。第3回JBCの後もジャパンCダート2着、フェブラリーS優勝、ドバイワールドC遠征、帝王賞連覇とダートの超一線級として活躍していた同馬は記録に珍しい同一GⅠ三連覇という偉業を達成するために大井競馬場へと乗り込みます。

ここでもアドマイヤドンの強さだけが際立つレースになります。結果はのちにダート王になる船橋のアジュディミツオーを3/4馬身差に退け鮮やかに、軽く三連覇を達成します。2:02.4というコースレコード(翌々年にそのアジュディミツオーに帝王賞で塗り替えられますが)のおまけつきで。
ADON2


03年、04年とJRA最優秀ダートホースに選ばれるなど活躍した同馬は05年は芝、ダート問わず出走。かしわ記念(4着)を最後にアドマイヤドンは引退します。もしその年の第5回JBC(名古屋)を走っていたらどんな結果になったでしょうか?四連覇をしたかといえば微妙なところ。JBC三連覇後のドンはまたもジャパンCダートで敗れ、芝に挑戦するなど精彩を欠いていました。普通に考えたら難しかったでしょう。しかしJBCともなれば馬も目の色を変えたかもしれませんね。

最終的には、GⅠ7勝。これは当時はシンボリルドルフ、テイエムオペラオーに並んでのタイ記録(もちろん現在もディープインパクト、ブルーコンコルドを加えてのタイ記録です)

今年の南部杯で三連覇を達成したブルーコンコルドがJBCスプリントで3回目の優勝を目指します。昨年はクラシックに挑んだため連続での優勝ではありませんがもし達成すればGⅠ8勝目とともに大偉業と言えるでしょう。アドマイヤドンがなしえなかったことが今年のJBCで起こるかもしれません!

そのだえきまえのぼり



早大テンポイントさんの所属する関東学生愛馬会のBLOGはこちら・・・
関東学生愛馬会


2008.10.29 Wed l JBCリレーコラム TB(0) l top ▲
こんにちは。岩手で「拾って繋ぐ予想」を身上に活動している斉藤てるです。

いよいよ間近に迫った今年のJBC。

先日行われた盛岡の南部杯は、ものすごい盛り上がりでした。
ORO2


この勢いで、ぜひ園田競馬場でも熱いJBCデーになることを期待しております。トリッキーなコースと言われているこのコースで、今年はどんなレースになるのでしょうか。出走馬も揃いつつありますが、予想の難しいレースになりそうですね。俄然面白くなってきました。

このJBCは「日本版ブリーダーズカップ」というコンセプトで立ち上げられたと言われておりますが、われらが盛岡競馬場もアメリカの競馬場を模範に造られたと言われております。


第2回のJBCは盛岡で行われましたが、そのときは1200mの「スプリント」と2000mの「クラシック」の2鞍が組まれました。当時も非常に盛り上がりましたが、やはり地方の競馬場で唯一芝コースを持つ盛岡競馬場ですから、次回開催する機会がありましたらぜひ芝のレースをやってもらいたいものです。
OROTF


現在、岩手では芝の全国地方交流重賞が組まれておりますが、全国交流といわれる割には、その役割をあまり果たせていないのが現状です(他地区の出走馬が少ない等)。ダートが主体の地方競馬ですが、全国の地方所属馬をよく見渡せば、いわゆる芝巧者の馬がもっともっといるはず。

開催時期の点で、芝コースでの開催は難しい(JRAのG1シーズンでもある)部分もあるかと思いますが、この「JBCターフ(仮)」が実現すれば、全国から(あるいは中央から)芝の有力馬が集まるであろうし、ゆくゆくはコスモバルクに続く中央の芝G1レースで勝ち負けできる馬が生まれるかもしれません。



例えば岩手なら、このような展望が思い浮かんだりしますが、各地の競馬場でもそれぞれの展望が浮かんでくることと思います。

全国を持ち回りで開催するJBCですから、各々のコースの特徴を生かした条件でレースを行うことが盛り上がりにつながるのではないかと僕は思います。たとえ中央場所で敵わなくても、慣れ親しんだ地元なら、地方特有の小回りコースなら、地の利で逆転できるかもしれない。

JBCは「全国の地方所属馬にG1タイトルを」という可能性を大いに感じさせる魅力あるレースであって欲しいと思います。中央の「ジャパンカップ」をステップに世界を目指すように、この「JBC」も、ここをステップに中央、そして世界へつながるG1になることを切に願っています。

ORO1



斉藤てるさんのBLOGはこちら
東北学生愛馬会
拾って繋いで



2008.10.28 Tue l JBCリレーコラム TB(0) l top ▲
忘れもしない1997年、ある日のサンケイスポーツ競馬面。『日本版ブリーダーズカップ、2001年に創設か。第1回は盛岡競馬場が有力―』。決して大きくはなかったが、この記事に思わずときめいた。

一日で各カテゴリーのチャンピオンホースを決定。開催地は持ち回り。世界最高額の賞金(当時)。ブリーダーズカップ創設者はこう語った。『ライバルはメジャーリーグ、NFL(アメリカンフットボール)、NBA(プロバスケットボール)であり、競馬が唯一これらプロスポーツに勝てるのは最高のレースを見せること』

この考えは、ど真ん中のストライクゾーンで入ってきた。出し惜しみしては決してメジャースポーツになれない。アメリカのブリーダーズカップはこのような理念のもとに創設された。

競馬にかかわってきた一人として、ブリーダーズカップはあこがれの存在になっていた。
生ではなかったし、画面越しだったが、毎年、テレビにかじりついて最高のイベントを堪能したものだった。

第1回ブリーダーズカップ・クラシック、優勝ワイルドアゲイン。当時、アメリカ競馬はワンランク下の存在だった。競馬は欧州が本場であり、ダートはマイナー。当然だが、日本でも評価は同じ。ダート競馬は芝で通用しなかった落ちこぼれの集まり―。今でもこの考えは根底では変わらないが、ブリーダーズカップ創設が大きな一石を投じた。

BC1

計らずも97年前後、統一グレードが導入され、ダート競馬は次第に認知度が上がり、レース体系も徐々に整備。そんな矢先だっただけに、冒頭の新聞報道に血が騒いだ。

エンターテイメント大国・アメリカが、どんな演出でブリーダーズカップを盛り上げているのか。ファンの反応は?世界レベルの馬はどんなものか。もう、生で観戦しなければいても立ってもいられなくなり、あらゆる手段を使って取材方法を探った。


それより7年前、世界最多勝ジョッキー(当時)、W・シューメーカーの引退式を見るため、サンタアニタ競馬場を訪れたことがある。今でこそ情報収集はインターネットなどを使えば簡単に詳細まで入手可能になったが、あのときは引退式の日まで“おそらく”レベル。現地に行って伝聞で聞いていた日と違っていたことが判明したが、用心のため長めに滞在したのが幸い。無事、引退式に立ち会うことができた。
BC3


当日は“レジェンド”シューメーカーを見送るため、多くのファンがサンタアニタ競馬場へ駆けつけた。その時の写真は今でも自分の財産として大事に保存しているが、一つ一つの演出が心憎いほどスマート。

最大の見どころはパラシュート=落下傘だった。空高くから競馬場へ舞い降り、肉眼で確認できるぐらい近づいてきたら“So long Shoe”の横断幕。見事、パラシューターがウィナーズサークルに着地すると大歓声が上がった。

その時の印象が強烈で「じゃあ、世界最大規模を誇るブリーダーズカップならどんなに凄いんだろう」と期待は膨らむ一方だった。

得てして期待が大きすぎると、がっかりするケースも多い。これは勝手に拡大解釈してしまった自分が悪いのだが、ブリーダーズカップの場合は別だった。

驚きと感嘆と感動の連続。初めて取材したのはハリウッドパーク競馬場(ロサンゼルス)で、プレスパーティは撮影所の一角。マリリンモンロー、チャップリンなどのそっくりサンが出迎えてくれ、ビュッフェスタイルの飲み放題、食い放題。出場ジョッキーも参加し、お祭りを盛り上げる。

そんな連続で開催当日を迎え、一日7レース(当時)のGⅠをどう消化できるか変な不安がよぎってしまった。通常、メインまで1レースごとに高揚していく(させていく)のがこれまでの価値観だったが、根底から覆された。

これでもか、これでもかとばかりGⅠの連続に体力を消耗し尽くし、終わったときは心身ともに疲れ切ってしまった。しかし最高のカタルシスを味わい、思わず口から出た言葉が「いいモノを見せてもらった」だった。

BC2



“ブリーダーズカップ日本版が実現できたら最高だろうな。是非、実現してほしい”と切に願った。

それから毎年、ブリーダーズカップ詣を敢行。1回ごとに開催地が替わることも新鮮で、土地柄がそのままブリーダーズカップにも反映し楽しみ倍増。同時進行的に日本版ブリーダーズカップ創設も次第に現実のものとなり、ついに2001年を迎えるに至った。

第1回は大井ナイターで開催。この経緯はいつかどこかで書こうと思っているが、ともあれ盛岡でスタートできなかったことは決して残念ではなかった。大井競馬は地方競馬の顔だし、ナイターこそ地方競馬の象徴的存在。集客力も売り上げも規模が違いすぎる。JBCが21世紀、新時代の幕開けにふさわしいレースだと確信し、ならば記念すべき第1回は大井ナイターであろうと偽りなく思った。


JBCがなぜ21世紀にふさわしい競馬なのか。これは非常に単純明快だ。開催規模(賞金総額、開催地、距離など)はすべて主催者の決定事項だったが、JBCは生産者自らも賞金を出し、運営にも積極的に参加する―。

『21世紀は参加型の競馬―』。現在、休刊中の雑誌『テシオ』で何度となく、このメッセージを送ってきた。それは立ち上がった生産者だけではない。ファンも与えられた商品(レース→馬券)を買うだけではなく、競馬のあり方、レースのあり方をともに考え反映させていく時代に突入した、いや、すべきだとアピールし続けてきた。今でもその考え方に間違いはないと確信している。

なぜ地方競馬は衰退したのか。様々な要因があったのは重々承知しているが、つまるところファンのニーズに応えることができなかった。進化し続けていくファンの嗜好、変化し続ける時代の要請があったにもかかわらず、旧態依然の体質のままだったからファン離れを引き起こした。それに尽きると思っている。

2002年11月4日。ついにオーロパークで第2回JBCが開催された。当然だが過去最高の入場人員、売り上げを記録し、後日、あまりにも道路混雑だったため引き返したファンも数え切れなかったとの話も聞いた。

“たら、れば”は特に競馬の世界では禁句だが、仮に今のようにネット発売、大通り場外(盛岡市中心部)ができていれば、まだまだ伸び白があったに違いない。


2008年10月13日、南部杯。久々に岩手競馬は元気を取り戻した。いろいろな方の援軍があり、いろいろな仕掛けが相乗効果をもたらし、近年ではJBCに次ぐ入場人員を記録した。

やり方次第でどうにでもなるのが競馬、そして地方競馬であることを再認識させてもらった。これからも元気になる可能性を十二分秘めているのだ。

そして11月3日、初めて園田で開催されるJBC。うらやましさと期待を込めて第8回開催を応援したい。


松尾康司さんのコラム等はこちら
週刊テシオ情報局(岩手競馬サポーターズネット)
テシオブログ
2008.10.27 Mon l JBCリレーコラム TB(0) l top ▲
「Moonlight H.R.D.」の月明かりです。

8 回目となるJBC、「次回は園田で開催」との報せを聞いて、開催地が近くなった!と喜び、現地観戦を目論んでたハズだったけど、そんなコトはスッカリ忘 れ、当日は荒尾で「第14回九州競馬系ブログ合同オフ」に参加w (参加というより「幹事」てのが正しいんですがね...)


ココからは、予定通りの展開でJBCからチト逸れますぞ...

「九州競馬系ブログ合同オフ」が生まれたキッカケは、オイラと「佐賀競馬に行こう!」たちカレー氏との再会。オフ会常連メンバーには「耳タコ」な話なんだけんど、たちカレー氏とは同い年かつ、小学校~高校の同窓生。

お互い大学以降の進路・就職先なんぞ知る由も無く、18年の年月を経てナンの因果か、「佐賀競馬場」で再会。モトモト、長崎生まれ・長崎育ちだったのに、ピンポイントで「佐賀競馬」での再会はビックリやったw

これを機に「オフ会しようぜ!」って声が上がり、「第1回九州競馬ブログ合同オフ」


それから回を重ね、「第13回」では初の協賛レース「九州競馬ブロガー特設」を開催!

参加メンバーの仲がイイてか、メンバーに恵まれてというか、幹事が素晴らしいのか?!回を追う毎に、新メンバーも加わり、リピート率は抜群ですわ♪あまりにも仲が良すぎる回もあり、小爆発すらなくタメ息つきながら競馬場を後にしたことも...

で、今回は「JBC当日に"九州競馬ここにあり!"を示そうぜ」といことで、荒尾の空の下、園田に声が届くくらい、盛り上がっていくバイ♪

九州系1


東西南北、イズレかに進もうとも「荒尾が近いな」という方は、ご一緒しませんか!絶好調な時は、「遠慮」という言葉が死語になるくらい、ガッツポーズ乱発ですのでw

JBC、地方競馬の祭典というかJRA勢も加えての一大イベントですわな。そんでも、全国的に地元の競馬場で観戦される方も多いでしょ。オイラ達は、荒尾で熱く盛り上がりますよ♪

九州2



「馬券」てものは、買った人間同士での取り合いっこだけんど、そんなん百も承知の上で、"当てて・外して、ボヤいて・ガッツして"というのがオフ会の主旨!皆さんの健闘は祈りませんw オイラ達もとい、オイラが笑わせてもらいます♪

九州系3

JBC&荒尾、馬券外しても、好レースを期待!
来週の月曜日、晴れて眩しい夕陽に包まりたいね!モチロン、ホックホックの懐と満面の笑みで♪




月明かりさんのBLOGはこちら・・・「MoonlightH.R.D.
2008.10.27 Mon l JBCリレーコラム TB(0) l top ▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。