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2000年10月、スポーツ紙の競馬面に大きく取り上げられていたのが、「来年10月31日に大井競馬場で日本版ブリーダーズカップとなる、ジャパンブリーダーズカップが行われる」というニュース。

第1回となるジャパンブリーダーズカップは、クラシック2000mとスプリント1200mと2つのカテゴリーのGⅠが行われ、クラシックの1着賞金は国内ダート最高賞金となる1億円。実施競馬場は、全国持ち回り勢。ゆくゆくは、アメリカのブリーダーズカップ同様に全カテゴリーのGⅠを行うと発表されたものですから、このニュースを新聞で見たとき、ついに日本でも1日に複数のGⅠが行われる「競馬の祭典DAY」が来るのかと、身震いしたのを今でも覚えています。

80年代後半、好景気もあり、オグリキャップ・武豊と共に訪れた競馬ブーム。ブームが終わった後も、JRAの右肩上がり成長は続いていましたが、バブル崩壊後は地方競馬の衰退が始まり、競馬界全体として様々な施策が行われるようになり、95年には地方・中央の連携という形で、地方所属馬がJRAのレースに出走出来るようになったり、翌96年にはダート競馬における交流競走が盛んになり、翌97年にはダートグレードレースの体系化など、この頃から、日本の競馬は目まぐるしく変化を遂げて行きます。

それまでの芝一辺倒だった日本競馬は、全国の地方競馬を巻き込んだ形でダート競馬に注目が集まります。ライブリマウント、ホクトベガといったスターホースが誕生したり、オーロパーク盛岡競馬場の新設や、トゥインクルレースで人気だった大井競馬場がアメリカのサンタアニタ競馬場と友好交流を結びレース体系をアメリカ型にしたり、馬番連単馬券(エグザクタ)が発売になったり、ダートグレード競走の体系整備がされたりと、日本競馬史上、最もダート競馬にスポットライトが当たったといっても過言でないほどでした。

時を同じくして海外でも、ドバイワールドカップや香港国際競走などが注目を集め、北米や欧州中心だった競馬地図からアジア圏の競馬が盛んになって行きました。JRAの奨励制度もあり、日本馬が積極的に世界へと挑戦するようになり、タイキシャトルやシーキングザパールが欧州でのGⅠ勝ちを治めるなど、日本競馬のグローバル化が進んでいった時でもありました。

国内でも98年にはメイセイオペラが地方所属馬として初めてJRAのGⅠ(フェブラリーS)を勝ったり、安藤勝己騎手が地方所属騎手としてJRAで大活躍するなど、人馬共にボーダーレス化が進みましたが、競馬産業全体の回復には至らず、生産者にとっても厳しい時代が続いていた時に、アメリカ同様に生産者が立ち上がり、生産者主導によるブリーダーズカップが行われることになったのです。


しかし翌年6月、アメリカのブリーダーズカップ協会から、ブリーダーズカップという名称は登録商標なので使用不可という連絡が入り、レース名をジャパン・ブリーディングファームズ・カップ(JBC)と変更。以後、JBCという名称で行われるようになったのですが、それでも日本で初めて、G1レースが1日2レース組まれるという話題性もあり、「GⅠ×2連発」というキャッチコピーでPRも派手に行われたこともあってか、当日の大井競馬場に集まった観衆は48,454人。10月末のナイター開催は肌寒いし、年々入場者数が落ちている中で、久しぶりにファンの注目を集めたビッグイベントとなりました。


競馬場開門時から現場にいた者の感想として、いつもの大井競馬場とは明らかに違いました。もちろん、ホクトベガで競馬場が揺れた時ほどでは無かったにせよ、それでも、この日の競馬場は、ファンも関係者もワクワクしていたように思えます。JBC以外のレースは、企業協賛レースとなっていて、第1レースは、サッポロビール黒ラベル賞として行われました。

そして、19時15分。第8レースとして最初のGⅠ、JBCスプリントが行われました。勝ったのは黒船賞、群馬記念、北海道SC、クラスターカップ、東京盃とダートグレード5連勝と波に乗るノボジャックが堂々の1番人気に応え、蛯名騎手とのコンビでGⅠ初戴冠。

興奮冷めやらぬ中、続く9Rは20時00分。GⅠが行われた45分後に次のGⅠ、JBCクラシックが行われました。こちらはこの年の3月にドバイワールドカップに挑戦していたレギュラーメンバー(母の母ロジ-タ)が、母が4冠(羽田盃、東京ダービー、東京王冠賞、東京大賞典)を達成した大井競馬場で見事に優勝。ダービーGP、川崎記念に続いてGⅠ3勝目を、栄えある第1回のJBCクラシックで、松永幹夫騎手とのコンビで飾りました。


こうして始まった日本版ブリーダーズカップであるJBCは今年で8回目を迎えます。2回目はオーロパーク盛岡競馬場で行われ、3回、4回目は再び大井。しかし、5回目は距離の変更を許し名古屋で、6回目は2日間開催という形で川崎で、第7回は大井で行われたものの外国出走馬導入を巡り、開催が危ぶまれるなど紆余曲折はあるものの、全国各地の競馬場で持ち回りで行うというコンセプトを守りながら、今年は園田競馬場で行われます。

GⅠレースの数に関しては、クラシックとスプリント以外のカテゴリーは現在増えておらず、逆に本家のブリーダーズカップは2日間連続で終日GⅠとするような拡大傾向となっています。希望的観測であえて言わせて貰えれば、第10回となる2010年開催では、ディスタフ、ジュべナイル、ジュべナイルフィリーズ辺りを増設して、日本版ブリーダーズカップの確立を目指すと共に、遠くない将来には、日本全国の競馬場で、JBCが行われるようになってくれたらと願うばかりです。



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2008.10.24 Fri l JBCリレーコラム TB(0) l top ▲

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